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命を懸けるだけの「熱量」はあるか? 「チ。地球の運動について」   
2021/10/14

 常識というされているものといえばなんだろうか? 例えば太陽は毎朝登るだとか、水は低きに流れるだとか、人間はいずれ死ぬだとか、そういう至極当たり前の事たちのことだ。ただ、ほんの少し前の時代には常識として、世界は「地球」を中心に動いていると当たり前に信じられていた。この物語は、そんな当たり前の常識を疑うところから始まる。

 

 まず、前提から語ろう。この物語の結末そのものはきっと読者は分かって読んでいる。この話は簡単言えば「天動説」から「地動説」へ移り変わっていく物語だ。そんな科学的な常識は学校で嫌というほど習った筈だ。

 

 しかし「実際の歴史」の上では、簡単にはそんな事実は認められなかった。何故その時代のでは認められなかったのか? 理由は天体の観測的結果や科学的な推論ではなく「彼ら」のバイブルに反した結果・内容だったからだ。

 

 このお話の内容はもちろんフィクションだ。作者の想像と妄想の物語で、作中の人物は誰一人存在しない。それでも、この作品は素晴らしい。

 

 なぜなら、この物語で伝えたい「熱量」は本物だからだ。フィクションでありながら、主人公たちの行動は、歴史をなぞっていることが理解できる。

 

 私たちはC教が何か知っていし、理解できてしまう。C教は単純な悪ではない。しかし、真実の探究はバイブルと異なる結論を認めないといけない。この物語は、確かにあった思想の物語を描いている。学問への情熱を妨害することは果たして正しいのか?

 

 バイブルが積み上げた、前提を覆すことは、神への冒涜である。しかし、それが真実であるなば、間違っているのは誰だ? 絶対的正しさの前には、不都合な真実は意味をなさないのか? 人が受け継ぐ希望とは何か?

 

 さまざまな思考を通して、この物語は確かに本物の「情熱」を引き出してくる。分かりきっている結末が待っていて、なお主人公たちの「チ」のバトンが確かに繋がれていく様は、これこそが知識を、真実を、追い求める事が、人間の本質なのだと、信じたい。

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